この世に男と女が存在するから、ドラマが生まれる。
幸せなドラマもあれば、不幸なストーリーもある。
辛く悲しいこともあるが、それでもやっぱり、男と女がいるから人生は楽しい。
ここに書かれている、男と女の物語。
あなたは、これをフィクションと考えるか、それともノンフイクションととらえるか。
ひげのママ
ひげのママと言っても、ひげを生やしたお母さんのことではない。
目黒線と大井町線が乗り入れる大岡山駅近くに、『ひげ』という名のスナックがあった。
この店のママが傑物というか破天荒というか、世間一般の物差しでは測ることのできない女だった。
出会いからして普通ではない。
当時、大岡山駅近くに古びたマーケットがあった。
東工大キャンパスから歩いてすぐの場所だ。
一階には魚屋、肉屋、八百屋などがあり、地下には数軒の飲食店が入居していた。
日曜日の夕方、早い時間だった。
ふらりと地下に降りてみると、オープンスペースで屋台のような居酒屋が営業している。
粗末な椅子がいくつか置いてあったので、一番端に腰を下ろしてビールを頼んだ。
「お客さん初めてですか?」。
ねじり鉢巻きにちょびヒゲのオヤジが、カウンターの中から聞いてきた。
「そう初めて」。
初夏の夕暮れ時だったから、ビールがうまい。
あっという間に大瓶が空になる。
するとタイミングを見計らったように、次のビール瓶が目の前に置かれた。
「えっ」と、顔をあげてちょびヒゲを見る。
「こちらのお客様からです」
空いた椅子を二つ挟んで、中年女が一人でビールを飲んでいた。
視線が合うと嫣然と微笑を浮かべて「どうぞ、召し上がってください」と軽く会釈をした。