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BOØWYが解散した本当の理由がズッコケで、伝説が霞んでしまう?

波乱の人生

今や伝説と化したロックバンド『BOØWY』は、レコードデビューしたのが1982年3月のことです。

日本初の本格的ロックバンドBOØWYが結成された経緯を調べてみると、これまた実にロックでドラマチックなものでした。

 

BOØWYのボーカルだった氷室京介、実は、BOØWY結成の前、スピニッヂ・パワーというバンドのボーカルを務めていました。

 

しかし、他のメンバーとは目指す音楽の方向性が違いすぎたため、すぐにグループを脱退してしまいます。

この時に味わった彼の挫折感はあまりにもは大きく当時、付き合っていた彼女とも別れ、ついには音楽の道さえ諦める決断に至ったのでした。

 

そして、故郷の群馬県高崎市に帰郷することにしたのですが、東京での思い出にと、日比谷野外音楽堂で行われていたRCサクセションのライブを訪れます。

 

このライブが、氷室京介の心境に変化をもたらしたのです。

彼の心の中でくすぶっていたロックへの思いが炎と燃え上がるまでには、それほど長い時間を必要としませんでした。

 

彼はライブを聴きながら、身体中に湧き上がるロックへの熱情を抑えきれなかったのです。

その日のうちに、同じ高崎で音楽活動をしていて顔見知りだった布袋寅泰のもとへ連絡を入れ、東京へ呼び出します。

 

二人は六本木アマンドの前で再会し、伝説のロックバンド結成に向けてスタートが切られたのです。

やはり高崎から松井恒松を上京させ、後に高橋まことが加わって1981年バンドが形成されました。

 

翌年、1982年3月にレコードデビューした時のメンバーは6人だったが、2人は間もなく脱退しその後は解散まで4人での活動が続きます。

 

エイトビートを基調としたシャープでエッジの効いたロックサウンドは、すぐに若者の心をとらえました。

 

そして派手なステージ衣装と逆立てたヘアースタイルなど、斬新なビジュアルも多くの支持を集めヒット曲を連発します。

こうして、BOØWYは名実ともにトップバンドへとのし上がって行ったのです。

 

人気に火が付くと真偽おり交ぜて世間に噂されるのが有名人の宿命でもあります。

BOØWYもその例にもれず、氷室京介と布袋寅泰の間には確執があると、つねに噂はついて回りました。

 

氷室京介と布袋寅泰には本当に確執があったのでしょうか?

調べてみると意外なことがわかりました。

 

まず、氷室京介は布袋寅泰についてこのように語っています。

「雑誌ではライバルという書かれ方をしていたけど、俺は布袋の事を1度もライバルと思った事はない。それがソロとバンドの違いだと思う」

 

「バンドの中でメンバーをライバルだと思っていたら、バンドの良さって絶対出ないと思う。

俺は布袋を最高のギタリストだと思っていたし、布袋のことは人間的にも好きだし、才能ある奴だと

思っている。だから奴を嫌いになるわけがない。そういう意味で、あいつも俺のことは嫌いじゃなかったと思うよ」

 

では、一方の布袋寅泰は氷室京介に対してどんな思いを抱いていたのでしょうか?

「二人の間に確執があったかって?そんなものはないし、俺は氷室を嫌いだと思ったことは一度もないね。ヒムロックが大好きだったよ」

 

「考えてみてくださいよ、嫌いな人の隣で毎日、毎日ギターを弾けるわけがないじゃないですか」

まあ、ごもっともな言い分だと思います。

 

氷室京介が言うようにソロではなくてバンドですから、メンバー4人の息が合わなくては最高のパフォーマンスを発揮できないことは確かでしょう。

 

ただ、人間ですからね、二人とも。

時には好きになり、時には嫌いなになりまた、ある部分は好きだが、ある部分は嫌いだ、というようなことはあって当然です。

 

そんなことは誰にだってあります。

だから、単純で一元的な『好き』か『嫌い』かで分けることなんて不可能です。

 

人間は感情の動物だとよく言いますが、特にミュージシャンともなれば感情の起伏が激しいのは当たり前です。

 

人並みの感性と情感でロックミュージシャンが勤まるはずもありません。

心の中に激しい感情が渦巻き、並外れた鋭い感性に恵まれているからこそ、人を感動させる曲を創り演奏で表現できるのです。

 

人の心に突き刺ささる歌も、そんな彼らだからこそ歌えるのです。

だから、激しい感情をぶつけあって言い合いになることなど日常茶飯事だった事は簡単に想像できます。

 

だが、ひとたびステージに上がればそんな事は吹き飛んで、自らのパフォーマンスに命を懸けられる、それが一流アーチストではないでしょうか。

 

氷室京介も布袋寅泰も稀に見るほどの個性派だったが、デビュー当時からロックにかける思いも半端ではなかったのです。

 

そのような共通点を抱えた二人は、互いに認め合っていたことが、それぞれの言葉から読み取ることができます。

 

二人の証言から世間が騒ぐほどの確執はなかったことは分りましたが、決してベタベタするような仲でもありませんでした、当たり前ですが。

二人の間には、程よい距離感と緊張感がありました。

 

ですから、日本を代表する伝説のロックバンドとして活躍できたのです。

その、伝説のロックバンド『BOØWY』は人気絶頂の1987年12月に突如解散宣言をします。

この解散を巡ってもまた、世間には様々な噂が立ちました。

 

調べていくとBOØWYには、本当に多く解散理由が噂されていることに驚きます。

先ほどから述べているように、氷室京介と布袋寅泰の確執や不仲説が解散の大きな原因であったと、当然のごとく言われています。

 

その他にも多くの理由が噂されています。二人の不仲説以外で、解散理由としてあげられる主なものは次の通りです。

 

・布袋寅泰が自身の海外活動を強く希望した

・『トップに立ったら解散する』と売れる前から決めていた

・売れた事により自分たちが目指す音楽の方向性を逸脱し、軌道修正が難しくなった

・アイドルバンドとしての扱いを受け始め、違和感を感じる様になった

などです。

 

この他にはこんなきわどいことを主張する音楽関係者もいます。

「お金のトラブルですね。まぁバンドの解散理由は99%が金銭がらみです。同じメンバーとは言え、長年やっていると実際の収入には大きな差が出てきます」

 

「作詞作曲の印税、歌唱印税が入るメンバーとただ演奏しているだけのメンバーでは数十倍も違ってきますから。

それでもいつまでも仲良くやる、というのは実際に難しいことなのです」

 

これについて、他のバンドやグループを見ても全く的外れな指摘だとは言えない面は、確かにあります。

ですが、決定づける証言や証拠がありません。

 

BOØWYでお金にまつわるエピソードと言えばこんなことがありました。

東京ドームで行われた『LAST GIGS』(ラストギグス)の開幕を前に、当時の事務所マネージャーがメンバー全員に『退職金』名目で現金を配っています。

 

その額はなんと、公平に一人2億円ずつだったと言われています。

スゴイですねえ、2億円あったらロッテの板チョコ何枚買えるか?

缶酎ハイ何杯飲めるか?

 

庶民の中の庶民である私なんて、ついそんなことを考えてしまいます。

話がそれてしまいましたので、軌道修正いたします。

 

解散理由が様々に噂される中で布袋寅泰さんが著書で解散に触れ興味深いことを書いています。

要約すると次のようになります。

 

『確かに、解散を最初に言い出したのは俺だった。しかし、結成以来、揺れに揺れ続けてきたバンドを崩壊に至らないよう手を尽くしてきたのも俺である。最後の最後で、俺がワルの役を買って出ただけの話だ。俺には俺の、”絶対解散せねばならない理由”があった。しかし、その理由は墓まで持っていくつもりだ』

 

墓場まで持っていくとは、かなりの覚悟だったようです。

ところが、ドラムの高橋まことが、音楽雑誌で語った解散理由がちょっと拍子抜けしてしまうようなものだったのです。

 

布袋寅泰は当時、妻であるシンガーソングライター山下久美子のバックバンドを務めていました。

そのバックバンドに、高橋まことと、ベース松井常松を誘ったのです。

 

隠す通すわけにいかないと思った高橋まことが氷室京介にこのことを話します。

それを聞いた氷室京介は「来月解散」を宣言してしまったのです。

 

布袋寅泰が言う「買って出た悪役」がこのことだったとしたら、いささか腰が砕けてしまう話ではあります。

こんな気の抜けた理由で解散したのなら、BOØWYの伝説も霞んでしまいかねません。

 

すかし、よく考えてみると解散理由は、一つだけではないと思います。

考えられるのは、複合的な理由が重なり、山下久美子のバックバンド事件が引き金になったと言うことではないでしょうか。

 

では、伝説のロックバンド『BOØWY』の再結成の可能性はあるのでしょうか?

ゼロとは言いませんが、限りなく難しいと思われます。

なぜなら、氷室京介が耳の不調を理由に音楽活動を休止してしまったからです。

 

2016年5月23日、『BOØWY』が最後のライブを行ったのと同じ東京ドームで、彼のラストライブが開催されました。

 

そのラストライブの客席には、布袋寅泰の姿もありました。

かつての盟友のステージを見つめる目から大粒の涙があふれ落ちていたそうです。

 

参ってしまいますね。

BOØWYはいつまでもドラマチックなんですよねえ。

バンドの再結成はなくとも、彼らの伝説は永遠に続きます。

 

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