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薬師丸ひろ子が女優をやめたいと悩み続けた理由とは?救世主はあの人!

波乱の人生

あれから半世紀近くも経とうとしているけれど地方ロケに行くと、いまだに『ほらほら、あのセーラー服の』と高齢の方から言われると言う薬師丸ひろ子。

しかし、彼女はずーっと女優をやめたいと考えていたのです。

 

「あの作品に出演したことは自分の人生にとって、大きな1ページだったなあ、と思います」

だが今はこのように迷いも吹っ切れて、素直に過去を振り返られるようになりました。

 

迷い続けた彼女を救ったのは、あの人だった。

同棲相手が誰かも気になります。

果たして、彼女の再婚はあるのか?

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アドセンスディスプレイ

薬師丸ひろ子は衝撃的なデビューを飾るが、いつも女優をやめたいと思っていた!

薬師丸ひろ子のデビューは鮮烈でした。

角川映画『野生の証明』で主人公の美少女を演じています。

 

一般公募のオーディションに応募して選ばれたのですがまだ中学1年生でした。

『野生の証明』は1978年の制作です。

 

凄惨な虐殺事件に遭遇するが奇跡的に生き残った少女の長井頼子ともう一人の主役である高倉健さん演じる自衛隊員の背後に潜む巨大な陰謀を描いた名作でした。 

 

劇中のセリフ

「お父さん、怖いよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しに来るよ」

のフレーズがテレビCMで繰り返し流れます。

 

そこに突然現れる謎の美少女、薬師丸ひろ子。

可憐で清楚な見た目と恐怖感たっぷりのセリフ、このギャップに世間は騒然としたものです。

本当に衝撃的なデビューでした。

 

『野生の証明』は一般公募にあたって美少女役は8歳に設定されていました。

これに対して薬師丸ひろ子は応募当時13歳で身長も想定より大きかったのです。

 

だが、審査委員をしていた角川春樹が強く推薦し、彼女に決まった経緯があります。

「きらきらした目が、とても印象的でした」

角川春樹はこのように振り返っていました。

 

17歳になった薬師丸ひろ子は、1981年に単独での主演を果たします。

映画『セーラー服と機関銃』です。

彼女は映画の主題歌を歌い歌手デビューも果たしています。

 

人気作家赤川次郎原作の『セーラー服と機関銃』は突然やくざの組長を継ぐことになったセーラー服の女子高生が抗争に巻き込まれていく様子を描く物語です

 

彼女が演じる主人公・星泉が機関銃を乱射し恍惚とした表情で「カイ・・・カン」とつぶやくシーンが大きな話題となります。

 

このセリフについては薬師丸ひろ子による、アドリブだったとの説が長い間語り続けられました。

だが、2013年のことですが彼女はバラエティ番組に出演し「台本だった」と言っています。

 

その後、彼女は『Wの悲劇』でブルーリボン賞主演女優賞を受賞しました。

さらには『探偵物語』『里見八犬伝』『メイン・テーマ』など、主演した映画がヒットを連発します。

 

だが内心ではずっと女優を辞めたいと彼女は思っていたのです。

所属事務所である角川の社長などから説得され何とか女優を続けます。

 

けれどもデビューから7年がたった二十歳の時、ファンだったユーミンのコンサートを観て所属事務所を辞める決心をしたのです。

ただし、この決心についてユーミンの歌は直接関係ないようです。

 

コンサートは苗場スキー場で行われたのですが、脚を骨折してもかまわないと思い、グラススキーを滑ってみました。

 

広い大地を疾走する快感がたまりません。

「なんという解放感だろう」

彼女は解放感にしたりながら、窮屈だったこれまでの7年間と決別することを決断したのです。

 

1985年3月、個人事務所オフィス・メルを設立します。

これで仕事を選びながら自分のペースで活動出来るようになったのです。

 

しかし、2013年にも

「華やかな芸能界には馴染めない」

週刊誌の取材に答えています。

薬師丸ひろ子が玉置浩二と離婚した理由とは?

薬師丸ひろ子は1988年(昭和63年)3月、入学から5年かけて玉川大学を卒業しました。

それから3年後の1991年1月にロックバンド『安全地帯』のリーダーだった玉置浩二とハワイで挙式します。

 

彼女は26歳でした。

この結婚により、主婦業に専念したいといって、芸能活動を1年間、完全休業しています。

 

しかし、二人は1998年に離婚を発表し、7年半に及んだ結婚生活に終止符が打たれました。

二人の離婚理由についてはネットや週刊誌などでいろいろ詮索されています。

 

・玉置によるDVが原因

・薬師丸が夫のスタジオを散らかし放題にした

・玉置の女性問題が原因

・同居していた薬師丸の両親が玉置の音楽活動に無理解だった

 

などが挙げられていました。

だが、両者ともプライベートに関してはとても口が堅く、離婚理由はどちらからも語られることはありません。

 

いずれも噂の域を出ないということです。

それにしても、二人の離婚公表は、かなり衝撃的なものだったようです。

 

1998年6月5日、都内のホテルで薬師丸ひろ子の誕生日パーティーが開かれていました。

司会を担当した玉置浩二はご機嫌で、『ワインレッドの心』『セーラー服と機関銃』など、次々に二人のヒット曲を歌います。

 

森山良子や真田広之ら100名に及ぶ芸能人、音楽関係者、著名人が列席していました。

とても豪華で楽しいパーティーですが最後の最後に衝撃が待っていたのです。

 

突然、玉置浩二が二人は今日で別れることを宣言します。

別々の生き方をするのであって、心そのものは通じているという旨を述べたのです。

 

薬師丸ひろ子もニコニコしながら

「そういうことです」

と同調します。

 

そして、彼女は離婚後も歌がうまい歌手として玉置浩二の名前を挙げています。

ですから「もう二度と顔も見たくない」というような険悪な関係ではないと言えるでしょう。

宮藤官九郎との出会いで薬師丸ひろ子は蘇った!

その後もテレビに映画にと活躍する薬師丸ひろ子ですが、芸能活動に対しての悩みは深かったようです。

離婚して間もない30代半ば、女優を続けて行くか悩んだ末に、渡米してカウンセリングを受けます。

 

自分が女優に向いているかどうかの適性を相談すると、カウンセラーから質問されました。

「あなたは何年、その仕事をしてますか?」

20年と答えるとカウンセラーの先生は言います。

 

「あなた、もう20年以上も役者を続けてきたのでしょう?」

「そんなに続けられたのだから向いてないわけないでしょう」

「もう悩まなくてもいいのよ」

 

彼女はその言葉で目が覚めたと言います。

自分は好きだからこの仕事をしているのだと再確認し、人に望まれる限り女優を続けたいと決めたのでした。

 

そうして出会ったのが、宮藤官九郎です。

2002年、彼が脚本を手掛けた『木更津キャッツアイ』に出演しました。 

 

彼女が演じるのは、教師でありながら学校に爆弾を仕掛けたり、下駄箱にカエルを入れようとするなど、奇妙なキャラクターです。

 

それまでの薬師丸ひろ子のイメージとはあまりにもかけ離れていて、話が来たときは戸惑ったようです。

 

だが宮藤官九郎とはかつてNHKドラマで共演したことがありました。

それで引き受けることにしたのです。

 

この作品に出演し、薬師丸ひろ子はより一層、宮藤官九郎を信頼するようになります。

悩みが吹っ切れた彼女は役者として開眼したのかもしれません。

 

その後、出演した映画『ALWAYS 三丁目の夕日』では映画賞を総なめし、日本を代表する女優の一人に成長します。

 

この映画の時代背景は昭和30年代です。

戦後間もない高度経済成長期に突入したばかりの東京が舞台となっています。

 

彼女に求めれれたのは、そんな時代の『日本の母親像』を演じることでした。

実生活では子どものいない彼女でしたが、難しい昭和の妻、そして母親役を見事に演じて見せたのです。

 

そしてやってきたのが2013年のNHK朝ドラ『あまちゃん』。

師丸ひろ子は、鈴鹿ひろ美役で出演しました。

 

役どころの設定はこうです。

「10代の頃から映画やドラマで清純派として活躍し40歳を超えた現在も、そのイメージをキープし続けるカリスマ女優」

 

そのまま、薬師丸ひろ子自身に当てはまる役柄でした。

ところがすんなりと終わらせないのが脚本を担当した宮藤官九郎らしいところです。

 

鈴鹿ひろ美にはもう一つ特徴があって、それは『音痴』でした。

『セーラー服と機関銃』などが大ヒットしたように実際の薬師丸ひろ子は美声の持ち主です。

 

だが、そんな難しい役どころもさらっとこなして、ドラマを盛り上げたのはさすがでした。

あの演技を見て、薬師丸ひろ子は大女優であることを改めて確信した人も多かったのではないでしょうか。

 

彼女はとても頭の良い女優さんです。

女優としての適性に悩んだのも真剣さと生真面目さがそうさせたのでしょう。

 

彼女の演技哲学では『適当』とか『こんなもんだろう』はあり得ないのです。

そこが、最大の魅力である彼女は、さらに円熟味を増していくことでしょう。

 

ところで、彼女には同棲しているパートナーがいるようです。

どうも、NHKのカメラマンらしいとの情報があります。

 

『あまちゃん』で知り合ったのでしょうか。

どちらにしても、今度は二人の甘い生活が末長~く続くことを心から願っています。

 

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