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田村正和が妻や私生活を公表しなかったのは、プロ中のプロだったから!

波乱の人生

田村正和さんと言えばなんといっても『古畑任三郎』です。

この『警部補・古畑任三郎』シリーズは、少し変わった軌跡をたどりながら超人気ドラマになります。

 

第1シーズンでの視聴率は平均12%から15%と、まあ、まあ及第点と言ったところでした。

ところが再放送で人気が爆発します。

 

ファンは次期シリーズを渇望したのです。

こうして、第2シーズン以降は平均視聴率20%を越え、古畑任三郎は日本中の話題をさらったのです。

 

田村正和さんはプロ中のプロでした。

彼は二枚目俳優として松竹からデビューしますが、映画ではヒット作品に恵まれません。

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田村正和がたどった、眠狂四郎から古畑任三郎までの軌跡

田村正和さんが俳優として存在感を発揮したのが、1970年に出演したテレビドラマ『冬の旅』でした。

以降は繊細な青年の役柄を中心に活躍し、松竹を退社して活躍の場をテレビに移します。

 

そして1972年から1973年にかけて放送されたテレビ時代劇『眠狂四郎』で、スター街道を歩み始めます。

彼が眠狂四郎役を演じたのは29歳の時でした。

 

世間の義理、人情、人への憐みから、目を背ける孤独な侍。

己の出生に対するコンプレックスが、そうさせたのです。

 

ニヒルな表情の『円月殺法』で人を斬り、出生の秘密を引きずった陰のある眠狂四郎を彼は、見事に演じ切りました。

 

二枚目でデビューした田村正和さんにも1970年代後半に入ると転機が訪れます。

ちょっと頼りなく、優柔不断で生徒に翻弄される、学校の先生を演じて三枚目に転じたのです。

 

その後も、ホームドラマの父親役などで三枚目を演じ続けます。

1987年には『パパはニュースキャスター』に出演しました。

突然現れた3人の娘に翻弄される父親役です。

 

おませな娘たちとのやり取りが実に軽妙で、見ている方は、そのおかしさに思わず笑いがこぼれてしまいます。

戸惑いながらも徐々に父性に目覚めていく様子が実によく表現されていて、素晴らしい演技でした。

 

このドラマによって、田村正和さんは二枚目でも三枚目でも演じられる、優れた役者であることを証明したのです。

芸能関係者だけではなく、視聴者にも強い印象を残しました。

 

そして、ついにやってきます。

1994年に放送が始まった刑事ドラマ『警部補・古畑任三郎』シリーズです。

このシリーズで彼はまたまた、新境地を開きます。

 

鋭い推理力と冷静な洞察力で警部補の古畑任三郎が完全犯罪を企む犯人たちと対決する刑事ものです。

いまや伝説のサスペンスドラマと言えるでしょう。

 

ドラマの特徴は冒頭で犯人が明かされます。

そこから証拠に基づく推理によって犯行動機や手口を暴いて見せるという画期的な筋書きです。

物語の展開に陰影をつけて深みを増したのが、田村正和さん独特の語り口でした。

 

緩急自在と言うか、野球で言えば7色の魔球を操るコントロール抜群の投手みたいな刑事さんです。

時には笑みを浮かべながら、二人っきりになって犯人を追い詰める古畑任三郎は痛快そのものでしたね。

 

アメリカで製作されNHKが放送して大人気となった『刑事コロンボ』とよく比較されます。

作品そのものはコロンボをモチーフにしていることは疑いのない事実です。

だが、主人公の印象はかなり違います。

 

コロンボさんは、よれよれのコートでぼさぼさの髪をぼりぼりかくなど

「今夜はシャワーを浴びてから寝てください」

言いたくなる雰囲気です。

 

一方、我らが古畑任三郎さんは、整ったマスクに清潔感あふれる、きれいな親指と人差し指をパチンと打ち鳴らして犯人に迫ります。

 

このように漂わせる雰囲気はかなり違いますがどちらも類まれなる推理力を有して、唯一無二と言える名刑事です。

『刑事コロンボ』の影響を受けているのは『古畑任三郎』だけではありません。

 

古くは『太陽に吠えろ』の『山さん』が人物像を模倣しています。

現在では『相棒』の右京さんによる謎解きがそうですね。

ズバリ『信濃のコロンボ事件ファイル』というのもあります。

 

『刑事コロンボ』が採用した最初に犯人を暴露する手法を「倒叙(とうじょ)ミステリー」と言うのだそうです。

この手法と古畑任三郎を演じた田村正和さんの名演技によってドラマは大ヒットします。

 

「この役を演じられるのは、田村正和しかいない」

と誰もが納得できる、素晴らしい演技でした。

 

おそらく視聴者だけでなく、制作者や脚本担当の三谷幸喜も田村正和さん演じる古畑任三郎の虜になってしまったのではないでしょうか。

 

これこそが、まさにスターの証明です。

回を重ねるごとに古畑任三郎はカリスマ性さえ漂わせ、10年以上も続きました。

 

『この事件は創作であり

古畑任三郎は架空の刑事です。』

毎回このテロップが出て、番組は終了するのですが、これも話題になりました。

 

この作品の大ヒットにより、三谷幸喜は日本を代表する脚本家へと駆け上がったのです。

脚本と役者がこれ以上ない、ドンぴしゃりとハマッた稀なドラマと言えるでしょう。

 

そして残念ながら、遺作となってしまったのが『眠狂四郎 The Final』でした。

田村正和さんは歌舞伎役者から俳優に転身し、サイレント映画時代から戦後にかけて大活躍した阪東妻三郎さんの三男として生まれます。

 

長兄の田村高廣さん、弟の田村亮も俳優で『田村三兄弟』と言われ、芸能一家として有名です。

『眠狂四郎 The Final』が撮影されたのは、東映京都撮影所でした。

 

この撮影所に大物俳優がくるのは決して珍しいことではありません。

だが、田村正和さんが撮影に訪れることが決まると「阪妻の息子が来る」と噂になり所内がピリピリとした空気に一変したと言います。

 

『阪妻』とは田村正和さんのお父さんである阪東妻三郎さんのことです。

そして東映京都撮影所は『阪妻プロダクション』の跡地に建っています。

 

そのような事情もありますが、映画界において『阪妻』は、今もって伝説の人なのです。

したがって、田村正和さんは芸能界のサラブレッドと言える存在でした。

 

さて、そんな中で臨んだのが『眠狂四郎 The Final』の撮影です。

劇中に眠狂四郎が川辺にたたずむシーンがあります。

 

このシルエットがまた、実に絵になるのです。

孤独を演じさせたらこれ以上の俳優はいないと思わせる見事なシーンでした。

 

1分のスキもない華麗で鋭い『円月殺法』と時々浮かべる微笑み。

妖しくニヒルな剣豪ぶりは、圧巻でした。

 

なんとこの撮影時、彼は73歳だったのです。

驚きました。

とても、そんな年齢を感じさせないところが、やはり一流であり、プロなのでしょう。

田村正和は俳優のイメージを守るため私生活を公表しなかった!

親の七光りを持った有名人の子どもが芸能界にデビューするとSNSなどでよく見かける言葉があります。

「二世芸能人にはうんざり」がそれです。

 

田村正和さんも親の七光りと言う面においては誰にも負けません。

戦後生まれの人は、もう誰も覚えていませんが、『阪妻』は知る人ぞ知る、映画界では伝説の名優です。

 

しかし、田村正和さんは決して親の七光りで有名になった俳優ではありません。

彼はどんな役でも、自分独自の色に染め上げてしまうのが特徴です。

そして、いつしか人々は「はまり役」と認識させられてしまいます。

 

どんな役を演じても、端正でダンディで、格好いい田村正和さんがそこにいるのです。

一つのブランドを確立した、数少ない役者だと言えます。

 

ですから、二世がダメ、三世がダメ、という先入感で見たら本質に迫れません。

何事も十把ひとからげはやめて、あくまでも個々を観察する心の目が大事です。

 

冒頭で田村正和さんは「プロ中のプロだ」と言いました。

彼のどこが超一流のプロだったのでしょうか?

 

プライベートを一切明かさなかったことで彼は有名でした。

自分の出演した作品と俳優としてのイメージを守るためそうしたのです。

 

彼はこのように言っています。

「俳優は白いキャンバスの様であるべきです。

プライベートなことを知られることはそこに余計な色を付けてしまうことになります」

 

「俳優は夢を売る仕事であり、どんな人間かを知られ過ぎると役者としてはマイナスになってしまうのです。

夢を見る余地を残すのがファンや番組を見る人たちへの、本当のサービスだと思います」

 

この美学を徹底して実践したのが俳優、田村正和さんです。

ですから、人前での食事も極力控えました。

 

長期間、同じロケに参加しながら、彼が食事しているのを一度も見たことがないと言う、共演者が多くいるのは彼のこの美学によります。

独特の美学を貫く姿勢こそ、プロフェッショナルと呼ぶにふさわしいのです。

 

若い頃にはこんなエピソードも残しています。

劇団で鍛えられた俳優陣に囲まれてドラマの撮影に臨み、自分の力のなさを痛感しました。

 

そこで彼は劇団で修行したいと思い、千田是也さんや宇野重吉さんなど演劇界の重鎮が主宰する劇団を見学します。

 

しかし、劇団の雰囲気が自分には合わないことを悟るのです。

それで考えたのが、別に稽古場を借りることでした。

先生として指導を受ける役者さんを、そこに呼んで芸を学んだと言います。

 

本当にやることが徹底しているのです。

一つ間違えば、大きな誤解を生みかねないことばかりでした。

 

だが、彼は自分の意志と美学を貫いたのです。

これほど美学という言葉が似合う俳優さんは他にはいません。

あの、華奢とも思える外見からは想像もできない、太い芯が心をしっかりと支えていたのでした。

 

「人を裁く権利は我々にはありません。

私たちの仕事は、ただ事実を導き出すだけです」

 

この名セリフをもう一度、聴かせてもらいたいなあ。

古畑任三郎さん&田村正和さん。

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