個人情報保護法の壁に跳ね返される興信所・探偵社の調査員

世間

澄み渡った空が眩しいほどの初秋。

暇を持て余して昼は何を食べようかなどと、つまらないことを考えていたら携帯が鳴った

 

電話の相手は興信所の調査員を名乗った。

近くのコーヒーショップで待っているから、昼休みにどうしても来て欲しいというのだ。

 

どうして興信所が俺に?

私は12時少し前に会社を出て、調査員の待つ店に向かった。

調査員が泣きついてきて、プロジェクト入りは決まった!

 

インタビュー

テーブルに置かれた目印の茶色い鞄へ近づくと、若い男が立ちあがって名刺を差し出した。

彼はある会社から依頼されて私のことを調査しているのだった。

 

「申し訳ありません、お忙しいのに」

恐縮しきりで、元気もなかった。

 

簡単に挨拶を済ませ、席に着くと同時に顔をこちらに近づけるようにして彼は言った。

「私が千葉さんとお会いしたことは、絶対に内緒でお願いします」

 

「分かりましたけど、どんな要件なの?」

「千葉さんが以前経営なさっていた会社の本店所在地が、どうしてもわからなくて困っているのです」

 

彼が所属する興信所は転職予定先の出版社から、私の身辺調査を依頼されているのだった。

出版社が新プロジェクトを立ち上げ、そこに私が参加する予定になっていた。

 

プロジェクトの責任者からは途中入社社員扱いではなく、個人事業主に近い扱いになるので興信所を使って調べますから、と言われていたので調査のことは承知していた。

 

この出版社は教科書や参考書も発行しているので、全国に取次店のような組織を持っている。

それらとの契約時には必ず調査にかける規定があり、古くからの指定興信所があった。

 

私はその規定に準ずるとの説明を受けていた。

自分は勿論だが、プロジェクトに参加するほぼ全員が、この調査結果をやきもきして待っていた。

 

明日が報告書提出期限なのだが肝心なことが分からなくて、このままでは調査報告書が書けないと、調査員は泣きついてきたのだ。

 

私は心の中で少し安堵しながら、経営していた会社の登記されている住所を彼に教えた。

なぜ安堵したか?

 

それは彼が『会ったことは絶対に内緒にしてくれ』と私に頼んだこととも関係がある。

このような個人信用調査の場合、調査対象者に調査員が直接会って情報を得ることはご法度中のご法度なのだ。

 

例えば、奥さんから浮気調査を依頼されて、調査相手のご主人に直接会い

「あなたは会社の後輩のA子さんと不倫してますよね?」

と聞くようなことだから。

 

これが依頼主や興信所にばれたら大変なことになり、その調査員はまずクビだろう。

ありていに言えば、これによって彼は私にとって不利なことを報告書に書けなくなったのだ。

 

バラとワイン

 

借金もほぼ肩がついて調べられて困るようなことはなかったが、調査結果を待つのは決して居心地が良いとは言えなかった。

 

こちらが穏やかに対応して、他にも調べたい質問にすべて答えてあげたこともあり、彼は気を許したのか、延々と愚痴をこぼし始めるのだった。

 

個人情報保護法ができたことにより、個人の調査がとても難しくなったと訴えるのだ。

まず、以前と最も変わったのは、銀行と警察からの情報が取れなくなったことだという。

 

昭和や平成の初めまでは銀行も伝があれば、ある程度の預金額や借金額は情報が取れたようだ。

警察からの前科情報は興信所や探偵社なら当たり前にもらえたものだ。

 

私も以前、元警視庁捜査四課の刑事を紹介され、ある人間の前歴を調べてもらったことがある。

その刑事は会社の応接室から本庁に電話して、ものの5分ですべてを調べてくれた。

 

その速さ、簡単さには驚いたものだが、調べた男の前科にはさらに驚いたことを覚えている。

驚いたことは、もう一つあった。

 

この刑事さんの名刺をよく見ると『〇〇警察署刑事部捜査四課』と自分の名前の間に『元警視庁捜査四課』と書かれていたのだ。

 

刑事なら転勤した後もその肩書を名乗りたい、それほど警視庁捜査四課はスゴイのです。

泣く子も黙る『組織犯罪対策部第四課』、通称『マル暴』ですから、然もありなんでしょう。

 

ちなみに特例として、ある特定の人物が暴力団関係者かどうかを知りたければ、これについては事情を話すと警察は教えてくれます。

 

暴力団対策法の改正によって、民間人が暴力団員にアパートを貸しても、車を売っても罰せられようになりました。

 

企業が暴力団関係者を雇うことも禁止されています。

したがって相手が暴力団関係者かどうか確認する必要があり、問い合わせには警察が情報を開示するのです。

 

さて、調査員さんの愚痴はまだまだ続いた。

調査対象者の人柄やプライベートについて聞こうとしても、個人情報保護法に触れるのではないかと恐れ、近所や取引先の口が異常に硬くなったと言っては、またもや嘆くのだった。

 

挙句の果ては

「我々の商売はこのまま続けられるかどうか・・・・・・」

 

探偵業法が施行されたのが平成19年6月。

調査業者と依頼者との間のトラブル多発が背景にあるようですが、この法律によって尾行、聞き込み、張り込みなどが登録業者には認められている。

 

そして最初の個人情報保護法が施行されたのは、これより前の平成 17年4月。

興信所の調査員と私が接触したのは平成17年の秋ですから、このころはまだ多くの企業や個人が新しい法律に馴染めず混乱していました。

 

興信所や探偵事務所も、先に施行された『個人情報保護法』と施行される直前の『探偵業法』のわずかなはざまで、最もやりにくい時期だったのかも知れません。

 

しかし、専門家に言わせると『探偵業法』は、興信所も探偵事務所も一括りにされ、個人情報保護法に対しては一般人以上の権限は全く認められていないと言います。

 

つまり、携帯電話番号を調べて勝手に他人に教える行為は、探偵といえども法律違反ということになります。

その他の個人情報収集についても同じです。

 

したがって、浮気調査などでは依頼主に伝えられた調査内容が、そっくりそのまま裁判の証拠として採用されることはありません。

 

うっかり提出すると探偵社が法律違反に問われることもありますから、裁判の証拠としてはかなり限定的にならざるを得ないのです。

 

さてさて、例の興信所・調査員はなぜ私が経営していた会社の本店所在地を調べられなかったのか?

 

その理由は、最後に営業していた事務所は港区で、登記されていた本店は中央区だったからです。

彼は登記されていない港区の事務所だけの情報を基に、港区の法務局を懸命に調べていたのです。

 

中央区の法務局など頭の片隅にもなかったので、私の会社の名前を探す出すことができなかったのは当然のことだった。

 

翌週の月曜日には出版社の担当役員から呼び出しがあり、プロジェクトに加わることが正式に決定したのです。

 

私はこのプロジェクトに参加している間は当たり前ですが、誰にもこの事実を話したことはありません。

 

あの調査員にとって私を訪ねることは、一種の賭けだったはずだから。

口外するのはこのブログが初めてかも知れない。

 

新プロジェクトでの私の主な仕事は、企業の経営者にインタビューすることだった。

インタビューのエピソードについては別な記事で書きたい。

 

 

 

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