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中島みゆきの名曲は時代を超えて歌われ続ける、だから引退はまだまだ先!

波乱の人生

『生きる伝説』と表現する人さえいる日本を代表するシンガーソングライターの中島みゆき。

彼女は、メデアへの露出が極端に少ない歌手の一人です。

ラジオにはけっこう長い間出ていましたが、テレビや雑誌などにはあまり出ません。

 

これには、はっきりした彼女なりのポリシーがあるのです。

自分の楽曲を聴く時に先入感を持ってほしくないとの理由です。

 

だから、ラジオに出演していた当時も、作詞作曲のモチーフや歌への思い入れ、秘話などについては、ほぼ触れることはありませんでした。

私生活についてあまり語らないのも、同じ理由です。

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中島みゆきはミュージシャンであり、詩人であり、生きる伝説だ!

中島みゆきを調べてみると最近、彼女の検索キーワードとして『糸』と『引退』が多くなっています。

『糸』はTBSのテレビドラマ『聖者の行進』の主題歌として中島みゆきが提供した楽曲です。

 

1998年2月4日にシングル版がリリースされ長い間歌い続けられています。

2020年にはこの歌の歌詞をモチーフとした映画も制作されました。

 

菅田将暉と小松菜奈のダブル主演で二人の出会いと別れ、そして18年後の再会を描いたスケールの大きな映画です。

相思相愛でありながら二人の心と行動はすれ違ってしまいます。

 

なぜ、人はめぐり逢い そして別れるのか。

それは誰にも分らないことです。

運命は人を翻弄する。

 

中島みゆき作詞の『糸』には、二人を縦糸と横糸の関係になぞらえた歌詞があります。

映画の作者はその部分に大きな影響を受けたと思われるのです。

 

縦糸と横糸は別々の方向に動きながら一枚の布を織る。

二人も別々の人生を歩みながら、いつかは再会して人生を完結させる。

そんなイメージで製作された映画だったと思われます。

 

中島みゆきはミュージシャンであると同時に詩人です。

ある人は、年齢が近く同時期に活躍した松任谷由実を「恋愛の女王」、中島みゆきを「失恋の女王」と名付けました。

 

だが、中島みゆきの歌詞からは失恋を超えた、人生哲学さえ読み取れます。

そして『糸』が最近検索されるのは工藤静香母娘(おやこ)に関係があるようです。

 

2022年12月23日、工藤静香と長女でフルート奏者のCocomiさんが、テレビ朝日の『ミュージックステーション』で共演し『糸』をカバーしています。

もう25年近くも前にリリースされ楽曲が、今でも多くの音楽関係者から愛されているのです。

 

 

また、NHKのドキュメンタリー『プロジェクトX』のテーマソングでおなじみの『地上の星』は、

オリコンシングルチャート100位以内、通算183週という最長記録をつくりました。

 

このように、中島みゆきの名曲はロングセラーであり、時代を超えて歌い継がれるのも特徴です。

彼女の作詞はとても巧みに比喩を用います。

そして、男と女の心情を細やか描き、時には一人の人間の何気ない日常を歌うのです。

 

例えば1991年に発売されたアルバム『歌でしか言えない』には『永久欠番』という曲が収録されています。

この曲は「人は誰しも唯一無二の存在である」をテーマにした曲です。

 

この歌詞が中学校の教科書『新しい国語3』に引用されました。

普遍的で、なおかつ難しい人間の存在意義を情緒豊かな曲に乗せて歌い上げてしまうのですから、やはりすごいのです。

 

大学の卒業論文では詩人の谷川俊太郎を論じていますから、現代詩から受けた影響も大きいのでしょう。

また、彼女自身の作詞が詩選集に収録され、現代詩として扱われてもいます。

 

さて、もう一つ気になるキーワードが『引退』です。

引退について触れる前に彼女の、プロフィールを簡単にみていきましょう。

本名は中島美雪(なかじまみゆき)です。

 

1952年(昭和27年)2月23日生まれで70歳になりました。

身長は161cm。

北海道札幌市の出身です。

 

藤女子大学文学部国文学科を卒業しました。

所属事務所はヤマハミュージックエンタテインメントです。

 

彼女のお父さんは北海道大学医学部を卒業した産婦人科医でした。

お父さんは最終的に帯広市で産婦人科医を開業しますが、それまで勤務医をしていた関係で転勤があったようです。

 

それに伴い、彼女も岩内町、帯広市など何度か転居しています。

また、お母さんが病気になり療養で実家に戻った時は、山形で一緒に過ごしたこともありました。

 

大学時代は積極的に音楽活動を展開し、北海道では「コンテスト荒らし」として有名でした。

彼女がプロのミュージシャンとして認められたのは1975年10月に行われた『第10回ポピュラーソング・コンテスト』です。

 

自身が作詞作曲した『時代』でグランプリを獲得します。

その実力を高く評価したのが、ヤマハミュージックの川上源一さんです。

 

ヤマハ育ちのミュージシャンはたくさんいます。

だが、ヒット曲が出ると、ほぼ全員がヤマハを離れてしまうのです。

しかし、中島みゆきさんは違います。

 

今でも恩人である 川上源一さんを尊敬し、恩義を忘れません。

だから、所属事務所もヤマハミュージックエンタテインメントのままなのです。

 

日本を代表する超一流ミュージシャンになっても、決して下積み時代の恩義を忘れません。

素晴らしいですね。

冒頭で申し上げましたたように中島みゆきは、私生活を含めて自分のことはあまり話しません。

 

したがって、その人間性についてもあまり漏れ伝わってきませんが、このようなエピソードからその人となりがよくわかります。

 

義理堅く、思慮深さを秘めているから、人の心に深く入り込む数々の楽曲を生み出すことができるのでしょう。

 

どの分野においても、超一流になる人は周りに流されない確固たる自分を持っています。

中島みゆきも、その一人であることは間違いありません。

中島みゆきの引退説が出てきた背景とは?

中島みゆきに引退がささやかれています。

発端となったのが2020年に行われた『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー:結果オーライ』でした。

 

ツアーは全部で24公演行われる予定でしたが、新型コロナの影響で8公演で終了してしまったのです。

そして2022年2月には、そのツアーの8公演分のライヴCDがリリースされました。

 

このような一連の流れが「ラスト・ツアーと銘打っているのだから、最後のコンサートだったのでは」と憶測を呼んだのです。

実際、コアなファンや業界関係者の間にはかなり深刻に受け止める人もいました。

 

これに拍車をかけたのが、シンガー・ソングライターのパイオニアともいえる人たちの歌手活動終了報道だったのです。

吉田拓郎は、年内で歌手活動を終了すると発表しました。

 

昭和歌謡界の大スターである加山雄三も、今年いっぱいでコンサートは引退すると言っています。

さらに井上陽水も引退するのではとの報道がありました。

 

だから、70歳になった中島みゆきも引退しても不思議ではないとなったようです。

特に吉田拓郎の引退が、中島みゆき引退説につながりました。

というのも、彼女と吉田拓郎はかなり親しい間柄なのです。

 

吉田拓郎が入院した時は、何度もお見舞いに病院へ足を運びました。

そして、大ファンで追っかけをしていた時期があるというのですから驚きです。

拓郎もミュージシャンとしての中島みゆきの実力を大いに認めています。

 

彼女に

「俺の遺書になるような歌をつくってくれ」

と頼んでできたのが、1995年に発表された『永遠の嘘をついてくれ』です。

 

今年の8月、ある週刊誌の記者がたまたま渋谷で見かけた中島みゆきに突撃取材をしました。

「今後は本格的なツアーはやらないと思うが、コンサートならもう予約が入っています」

突撃取材にそう答えたのです。

 

その言葉通り、コンサートはもう始まっています。

また、長年続いている彼女独特の『夜会』も不定期に開催するようです。

 

彼女が主催する『夜会』とは何か?

言葉で説明するのはかなり難しいのですが、説明にチャレンジしてみます。

『夜会』は、コンサートでもミュージカルでもありません。

 

言葉の可能性を模索する『言葉の実験劇場』だと彼女は言います。

歌に様々な状況や設定を加えて、新たな解釈を生み出すという試みです。

 

1981年からスタートしましたが回を重ねるごとにストーリー性が強まっています。

そのため『夜会』を演劇と捉える人も多いのですが、彼女はそうは思っていません。

「演劇が最終目標なわけじゃない」と言っています。

 

「言葉を表現するためだったら、邪道と言われようが何だろうが、やれることはみんなやったっていいんじゃないか」

そのようにも言っていました。

 

卒論で書いた詩人の谷川俊太郎やシナリオライターの倉本聰は言葉だけで表現し、人々を感動させます。

彼女は、その偉大さに憧れているのではないかと思われるのです。

 

だいぶ前ですが、彼女がそのようなことを言っていたのを聞いた記憶があります。

まだまだ、挑戦意欲が衰えない彼女は素晴らしい人です。

 

これなら、引退はありませんね。

時代を超えたミュージシャン中島みゆきの活躍は、まだまだ続きそうです。

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