5億円、欲しいですね。
1万円札を積み上げると5mもの高さになります。
家の床に置くと軽々と天井を突き破ってしまう高さ。
この5億円を鞄と紙袋に入れて車で運んだことがあります。
2ヶ月後に返済する約束で借りたのですが、急なことでもあり貸す方の都合で、振り込みにはできない事情があったのです。
もし、5億円あったらあなたはどのように使いますか?
何を買いたいですか?
どんなことをしたいですか?
ディズニーランドに何度行けるか?
サッポロの500ml缶ビールを何本飲めるか?
そんなレベルの話ではありません。
恋人と二人で世界一周旅行をしたい?
いいですねえ。
どうぞどうぞ、何度でも気の済むまで回ってください。
そこの定年になったばかりのあなた。
愛人をつくって高級マンションに住まわせたい?
男の夢ですねえ。
どうせなら小島瑠璃子や剛力彩芽を狙ったらどうですか?
あの二人なら、年の差は気にしないでしょうから。
日本では平均的サラリーマンの生涯賃金が約2億5千万円と言われていますから、5億円は単純計算でその二人分。
普通はそこから多額の税金や厚生年金、保険料を支払っていますから、手取りはかなり少なくなります。
丸々の5億円は、かなり使い応えがあるということです。
その5億円を借用書なしで借りて、事実上チャラにしてもらった経験があります。
ただし、自分のために借りたわけではなく、1銭たりとも私用はなかったので全く5億円の実感は残っていません。
借用書なしで5億円の大金が出てきて、どこかへ雲散霧消する。
それがバブル時代だったのです。
5億円を誰から借りて、どんないきさつでチャラになったのか?
そのスリリングでドラマチックな過程を披露しましょう。
相手のためになることを優先して5億円がチャラになった
株式会社Tの亀井常務から電話があったのは、秋も深まったある日の午後だった。
来週火曜日に行われるT社の役員会に出席して、北海道で計画しているリゾート案件について意見を述べて欲しいと言って電話は切れた。
以前ならばこのように大事な用件は、T社の社長自ら電話してきたものだった。
それがなかったことに、私が置かれている現状とT社社長との距離感が現れていた。
2か月後に返済する約束で借りた5億円が返せなくなって、すでに1年半が過ぎていた。
この間、一度たりとも催促はなかった。
振り込みができない性質の金であるから、貸した側のT社も表立って動けないことはわかっていた。
だが私はそのような事情につけ込む気など、さらさらなった。
何とか返済したかったのだが、借りた5億円は土地代に消えていた。
あるグループから懇願されて、その土地を買い取るための資金調達を引き受けてしまったのだ。
この土地取引については別の記事に書くつもりだが、後には自ら命を絶つ者が出るようないわくつきの土地だった。
資金調達を頼んできたグループはT社とは深い関係にあった。
T社は貸しビルをメーンにホテル、ゴルフ場などを傘下に持つ不動産開発会社だった。
不動産開発には汚れ役が必要なのはご存じの通りだ。
それを引き受けていたのが例のグループだった。
汚れ役であるが故に強引なこと、荒っぽいこと、時には人を出し抜き、騙すこともやらなければならなかった。
だから、どんな相手からでも頼りにされるが、しかし100%の信頼を勝ち取ることはできなかった。
T社の社長から5億円を引っ張り出すほどの信用はなかったので、私に泣きついてきたのだった。
バブルがはじけてしまったのだから、彼らの思惑通りに土地は売れない。
むしろ、じりっじりっと下がり続けるのだから、5億円は回収できるはずもなかった。
役員会の当日は日本橋の会社を早めに出たが、虎ノ門にあるT社には直接向かわなかった。
運転手に言って神宮外苑に車を走らせた。
まだ迷っていたのだ。
今日の役員会に私を呼んで、何をしゃべらせたいのかT社の真意がつかめなかった。
亀井常務に聞いたが大方の役員は反対で、社長自身も乗り気とは思えないとのことだった。
だったら尚のこと不思議ではないか。
大多数が反対ならそれで答えは出るはず。
超ワンマンの社長がそこまで迷う理由が分からなかった。
絵画館前の黄金に色づいた銀杏並木を遠目に眺めていたが、分からないものは分からない。
だが、この時期に200億円もの資金を投入して、リゾート開発するなど危険極まりない話だ。
もし、失敗したら会社の屋台骨を揺るがしかねないと、はっきり反対意見を述べよう。
そう決めて役員会の会場へ乗り込んだ。
T社の役員会は定刻通り始まり、社長自ら議長を務めた。
担当者からのリゾート開発に関する概要説明が終わると、超ワンマン社長は自分の意見は述べずに居並ぶ役員に意見を求めた。
役員会には子会社の社長やホテル、ゴルフ場の一部支配人も出席していたので、20人は超えていて見知らぬ顔もあった。
噂に聞いていた通り、ワンマン社長の前で意見を述べる役員は誰一人いなかった。
それぞれが誰彼となく周囲の様子を窺っているのが、手に取るようだった。
一同を見まわした後、議長は私を指名して意見を求めた。
具体的な理由を複数上げて反対した。
話し終わるや否や社長は大きな声で言った。
「やめた、やめた、このプロジェクトはなしだ。
やっぱり人の話は聞いてみるものだ」
出席者一同から安堵の呼吸が伝わって来た。
閉会が宣言されると皆一様に笑顔だった。
北海道から来ていた役員が近寄ってきて頭を下げた。
ホテル・オークラに泊っているので、今夜はホテルで食事しようというのだ。
本来であれば社長から声がかかって夕食の後は銀座へ繰り出すのだが、やはり5億円は重い。
この程度では容易に二人の距離は埋まらなかった。
オークラで食事しながら役員から聞いた話で、社長が逡巡していた理由の見当がついた。
200億のリゾート開発は当初計画した企業が資金繰りに行き詰まり、T社へ肩代わりを要請して来たのだという。
銀行の融資も決まっていて、しかも大物国会議員が絡む話だった。
当時はゴルフ場やリゾート開発に国会議員が関係することは、別に珍しいことではなかった。
社長は議員や銀行との今後の関係維持を考慮して、逡巡していた可能性が強い。
それが二人で出した、共通認識だった。
プロジェクト中止にダメを押したかったのだろう。
そのためには意見を言わない役員ではなく、はっきりと背中を押す外部の声が必要だった。
食事をご馳走してくれた役員は殊の外喜んでくれた。
「あの計画がスタートしたら、間違いなく私が社長で行かされます。
千葉さんが言った通り、あんな事業採算が取れるわけがない。
本当に助かりましたよ」
役員でありながらこれでもワンマン社長の前では、反対意見が言えないのだ。
不思議に思うかも知れませんが、これが中小企業の実態なのです。
社長に一度でも逆らった人間が、何人もクビを切られる。
長年にわたってそれを見続けてきたら、多くの社員は保身のため口をつぐむものなのです。
行動力は素晴らしいが、1代限りで終わったこのようなワンマン社長を私は何人も知っている。
しかしT社は大幅に規模を縮小したが、現在は2代目に引き継がれている。
この役員会の半年ほど後のことだった。
T社の大出経理担当常務が私を訪ねてきた。
これといった重要な要件もなく、互いの近況や世間話に花が咲いた。
すると大出氏が唐突に言った。
「社長、ご存じのように我が社もゴルフ場の償還問題には抗しきれず、2つのゴルフ場経営会社は法的整理を申請しました」
そのことはニュースで私も知っていた。
彼は続けた。
「200億円のリゾート開発にあのまま突っ込んでいたら、今頃は本業の貸しビルさえ危なかったですよ」
「社長は堂々と我が社に出入りしてください。
またチャンスがあれば一緒に仕事する時も来るでしょうから」
その後はT社の社長と直接やり取りすることはなかったが、亀井常務とは頻繁に連絡を取り合い仕事も手伝わせてもらった。
5億円の話はまったく出ることがなく、一度の請求もない。
どのように処理されたのか聞くこともなかった。