今世紀最大の慈善家として知られるビル・ゲイツだが、実はIT業界の悪人だった。
そんな説を唱える人が多くいます。
彼らが指摘するビル・ゲィツがIT業で行った悪業の数々とは、一体なんだったのか?
それを見ていきましょう。
ビルゲイツがIT業界に残した功罪とは?
インターネットが普及する前は、基本的にパソコンにワープロや表計算などを手動でインストールし、出来上がったファイルはフロッピーディスクに移して使っていました。
大学のレポート提出に関して、フロッピーをペットの犬が食べちゃったので提出できません、という言い訳が本当にあった時代です。
あの当時は、ワープロはWordだけでなくWord PerfectやWordStarがあり、表計算ならLotus 123など色々ありました。
その時代にOS市場をWindowsで独占したのがマイクロソフト社です。
ところがです、OSの独占だけでなく、そのオンライン上で動くアプリケーションにも強欲な触手を伸ばしたのが、マイクロソフト社の悪行の始まりでした。
主要分野でそれぞれ一番人気のあるアプリケーション商品の模造商品を作り、それを無料あるいは超低価格で提供するという戦略を取ります。
どうしてそんなことが出来るかというと、アプリケーションの開発費は市場を独占していたWindowsの値段に織り込めばよかったからです。
パソコンを使う人はどれだけ値段を釣り上げられても、Windowsを買わざるえません。
それなら他のアプリケーションのメーカーも無料で売ればいいじゃないですかと、今の人は考えるかもしれません。
だが、あの当時はインターネットが普及する前ですから、広告で稼ぐなんて事はできない時代だったのです。
したがって、他のソフトのメーカーは製品の開発価格を下回る値段で売るなんてことはできません。
マイクロソフトだけが、タダで売っても開発費を回収できるという構造だったのです。
また、マイクロソフト社による競合他社の潰し方の汚かったことと言ったら、他に類を見なほどひどいものでした。
例えばIBM社のLotus 1–2–3はWindows 95の発売前日まで、Windows95版の販売ライセンスをもらえなかったのです。
さらにWindows95で動作するアプリケーションを作るにも、マイクロソフト側からWindowsで起動するための技術的な情報が提供されなかったのでバグが続発します。
1990年代になって一般の消費者にも、インターネットのブラウザーが広まり出した頃です。
ブラウザーで使い勝手も良く、最も人気があったのはNetscape Navigatorでした。
するとIT産業で次の大きな市場は、インターネットだということに気づいたマイクロソフト社はNetscapeを潰しにかかります。
模造した製品のInternetExlorerをいきなり無料で販売し、さらにはWindowsに最初からインストールするようになったのです。
マイクロソフト社でIEの開発に関わる人員と予算が、Netscape社の全社員の数と予算を上回ったのに、Internet ExplorerはWindowsに抱き合わせて配布される。
これではNetscapeは太刀打ちできません。
やり方があまりにもエグイので、米国法務省が独占禁止法違反で捜査に乗り出します。
そして、マイクロソフト社に、InternetExplorerをWindowsに最初から抱き合わせて販売することを禁止する通達をしました。
するとマイクロソフト社は、なんとInternet ExplorerをWindows OSに組み込んで、一つのプログラムとして売るようにしてしまいます。
別の商品の抱き合わせではなく、一つの商品ですから分離できませんという訳です。
これでNetscape社は降参。
市場からの完全撤退をよぎなくされます。
ですからマイクロソフト社が目を付けたアプリケーションの分野はなすすべもなく、全てがマイクロソフト社のコピー商品に潰されていきました。
当時アメリカで人気のあったSFテレビ番組スタートレックTNG最強の敵であり、他の文明を住人ごとまとめて吸収同化する機械星人のBorgをもじった画像まで出回ったものです。
「抵抗は無駄だ、お前たちは同化される」というキャッチコピーがついていました。
1990年代においてマイクロソフト社の呪縛から逃れるためには、無料ソフトを開発する以外に手はなかったわけです。
そんな事情からボランティアによるプログラムで、OSやアプリケーションを作るという運動が生まれます。
そうしてできたのが、LinuxやOpenOffice、Firefox、Gimpshopです。
あの当時のままだと、ITそのものがビルゲイツに支配される危険が本当にありました。
IT後進国の日本人には分りませんが、アメリカではビル・ゲイツをヒットラーになぞらえた画像まで製作されるほどでしたから、事情を察知していた者たちはとても深刻にとらえていたのです。
独占されかかったIT業界をビル・ゲイツの魔手から救ったのは、なんとネット広告でした。
グーグルが広告収入だけで稼ぎ、無料ソフトを開発できるようになってマイクロソフト社の独占が崩れます。
グーグル社の非公式なスローガンが「Don’t be evil」(悪い事はしない)になっているのは、当時IT業界では悪の象徴だったマイクロソフト社への当てつけでもあるのです。
さて、ビル・ゲイツがあのまま引退していたと仮定して、IT業界に詳しい人々が彼の名前を聞いて思い浮かべるイメージはどんなものだったでしょうか?
きっと、極悪人のイメージしか浮かばないと思います。
人間は誰だって多少なりとも罪悪感を持っているものです。
ビル・ゲイツが次にやったのは、これまで悪業を重ねながら稼いだお金を世界の福祉にばらまくことでした。
ビル・ゲィツはノーベル賞のアルフレッド・ノーベルを真似ている?
現在、ビル・ゲィツが行っている慈善事業には、とてもよく似た前例があります。
ノーベルの真似をしているのではないかと考えられるのです。
ノーベル賞で有名なアルフレッド・ノーベルは、ダイナマイトの発明で大富豪となった人です。
ある日、フランスで彼が死亡したという誤報が伝わります。
フランスの新聞社が勘違いしてノーベルの死亡記事を書きました。
実際に死亡したのは兄のルードヴィだったのです。
その記事を読んで最もショックを受けたのは、アルフレッド・ノーベル本人です。
当時、ノーベルはパリに住み、悠々自適の生活を送っていました。
『死の商人死す』とのタイトルが打たれ、記事はこのような内容でした。
「アルフレド・ノーベル博士は可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し、富を築いた人物です。その人が昨日、死亡した」――。
死亡したとされたことよりも、もっとショッキングなことが書かれていたのです。
死の商人呼ばわりされたことにノーベルは、大きなハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けます。
なぜそんな記事になったかというと、ダイナマイトは当時の戦争で手榴弾に応用され、大規模に使用されていたからです。
勿論、手榴弾の原型を作ったのは彼でした。
こんな物騒なものを発明したあげく、戦争国に売って大もうけしたまま死んだノーベルは、まさしく死の商人であるというわけです。
この辛辣な評価にショックを受けたアルフレッド・ノーベルは、何とかして汚名をそそぎたいと考えます。
そこで考案されたのが、平和賞を含んだノーベル賞の創設です。
いまどき、アルフレッド・ノーベルが武器商人だったことを知っている人は少ないでしょう。
ノーベルの広報戦略が大成功し証明ですね。
それと全く同じことをやっているのが、ビル・ゲイツということになります。
今では彼の事を悪く言う人は、はぼいません。
最近、Netflixでビル・ゲイツのドキュメンタリー映画が製作されました。
NetFlixでは既にDJのSteve Aokiやヒップホップのプロデューサーとして有名なDr Dreのドキュメンタリー映画をリリースしていますが、基本的に取材対象から全面協力してもらうヨイショ映画です。
だが、1970年代以前の生まれでパソコンをいじったことのある人は、彼の悪行を決して忘れていません。
ただし、Windowsで競合企業を違法に潰して巨額の富を得ましたが、人殺しをした訳ではありません。
今の慈善事業で人命を救っていることを考慮して、前世紀の悪行がチャラになるかどうかは神次第ですね。
ビル・ゲイツを全面的に善人扱いするのは、ちょっと考えものですよ。